07年9月18日
 

 緑内障と診断され、ちょうど1年になりました。
 目薬三種類の投薬治療で進行をとめています。
「あの時、ちゃんとお詣りしておけばよかった」
 と、後悔しているのが奈良は高取にあります壷坂寺です。
     (飛鳥と吉野のちょうど中間にあります)
  はい、目の聖地でございます……と申しましても、お分かりいただけない時代かもしれませんね。

 妻は夫をいたわりつ〜、夫は妻に慕いつつ〜 

 浪曲の一節があまりに有名な壺坂霊験記。
 舞台となったのが壷坂寺でございます。
 忘れられようとしている、その、あら筋、私め流のご案内をしてみましょう。

 写真にあります、壺坂寺の近くに住む座頭の沢市(さわいち)は、琴や三味線の稽古をしながら、美しい妻のお里が今でいえばパート、賃仕事をしてくれるのを頼りに、細々と暮らしていました。

 夫婦になって三年、その仲の良さは近所でも有名でした。
  ところが、おしどり夫婦に危機が訪れました。
 夜ごと、沢市が寝入ると、女房お里は家を抜け出して行くようになったからです。

「お里に男が……」

 目の見えない悲しさ、沢市は妻の不倫を疑います。
 沢市は、ある夜ひそかにお里の後をつけたところ、自分の目を治そうと壷坂観音に願をかけているのが分かりました。

 沢市は疱瘡がもとで目が不自由になっていたのです。
「生まれた時から盲目ではないのだから、見えるようになるかもしれない」
 壺坂寺はその昔、桓武天皇の眼病が時の住職の祈祷によって平癒したという西国六番の札所です。
 お里はその霊験にすがってきた真心を打ち明けました。
  それを聞いた沢市は

 ななな、涙、涙〜っ。また涙〜っ!

 沢市は貞節な妻を疑ったことを詫びます。
「疑いさえ晴れれば本望です」
 お里は沢市を観音様のお参りに誘います。
 沢市は本堂に着つくと
「夜もすがら御詠歌をあげ、三日間ここに籠もって断食する」
  と決心します。 
「その意気ですよ。あなたのお祈りを観音様は、きっとお聞き入れくださいますよ」 
 お里は沢市を励まし、お籠もりの支度を整えるべく、いったん家に帰ります。

 ここで事件が起きます。

 沢市はお里が帰った後、
「どうせ望みは叶わないだろう。それよりも、私のようなものがいては、お里の足手まといだ」
 死ぬのが妻への返礼と覚悟して、壺坂寺の裏手にある谷に身を投げてしまったのです。

沢市お里の像

 さて、壺坂寺に戻ったお里は、夫の姿が見えないので狂乱したように捜しまわり、
「沢市さんぇ〜、どうしてこんな姿にぃ〜」 
 谷底に沢市の死体を見つけたお里は嘆き悲しみ、沢市の杖を抱きしめると、沢市の後を追い、谷底へと飛び込みむのでした。

 ……嗚呼、無情。

 さあクライマックスです。
 谷底に並んで伏した夫婦の前に観音様が現れます。

「お里の貞節と日頃の信仰心に報いてしんぜよう」
 観音様は二人を生き返らせたばかりか
「み、見える、わしゃ見えるようになったぞえ〜」
 なんと、沢市の目を開けてくださったのです。

 めでたし、めでたしの観音御利益譚

 以上が、三味線の名手・豊沢団平の妻、加古千賀が脚色した人形浄瑠璃『浄瑠璃・壷坂霊験記』のダイジェストでした。

 ーーはい、フィクションの世界です。
  しかし、芝居・浄瑠璃の世界で終わらなかったのです。
  架空の人物なのに

沢市お里の墓

 高取の町にはお里、沢市のお墓があります。
 壺坂寺には二人の飛び込んだ崖が観光名所となっています。
 本堂に入れば
「ウッソ〜! 」

 なんと、沢市の杖があるではありませんか……。
 境内を回れば、眼病のお守りばかりか壺坂寺オリジナルの目薬までありました。
 さらに、

「沢市は、おそらく白内障でその病状に一定の期間が来ていたので飛び込んだショックによって見えるようになったと思われます」

 物語を医学的に解説なさる御仁も……。

「御利益商法寺かぁ」
  私め、すっかりと興醒めしてしまいました。 
 しかし、その帰路です。
  意外なものを目にしました。

慈母園

 写真の『慈母園』です。
 明治になって、失明回復祈願にまつわる『沢市お里の夫婦愛』が共感を呼び、壺坂寺が高名になると、

 ここに住みたい

 目の不自由な人たちが寺に訪れこう願ったといいます。
 それは壺坂寺の『福祉』の始まりでした。
 そうです、観光寺ではなかったのであります!
 老人ホームというのは聞いたことがありましたが、
「養護盲老人ホーム」
  ……感じ入りました。はい。
  それが写真の『慈母園』でした。

 この施設は言うまでもなく、わが国初のものです。
 寺域をようく見渡すと

 盲人福祉の日本初

 といわれるものが壺坂寺には沢山ありました。
 『匂いの園』という名の花壇もそんなひとつです。
 目の不自由な人のためにつくられたもので、手すりがあり、なんとそこには点字で花の名前が書かれているではありませんか……。
「こんなところにまで」
 という配慮が、いたるところにほどこされているのです。 

 宗教施設を超越していますね。
 ここまでくると、お寺の中に眼科病院があってもいいのではと思えてしまいます。
 ーー否、あって欲しいものです。

 物語のあやかり商法。 
 忠臣蔵遺跡といわれるところに多いですね。
 目を覆いたくなるものばかりでございます。
「あやかって元気になりたい」
 その理想型を壷坂寺で文字通り『目の当たり』にしました。
 
 壷坂寺。もういっぺんお詣りしたい、お寺です。

 

 
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