「山路を登りながら、こう考えた」
で、始まる夏目漱石『草枕』の冒頭
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」
いいですね〜。名文でございます。
「文学作品を肌で感じたい」
描かれた小説の舞台を歩く文学散歩路が各地にあり、この草枕は
『草枕文学散歩コース』が観光によろしく、綺麗に整備されています。
作品に出てくる『鳥越峠の茶屋』も再現され、お食事ポイントとなっていたので暖簾をくぐると
「どうじや運転手さん、そうじゃろう、そう思わんね〜」
呑んでくだを巻いている、クソ婆がいました。 お相手はタクシー・ドライバー。
もちろん、乗務員さんが一緒に呑んでいるわけじゃありません。
「…はい…はい」
ビール瓶を三本並べた対局で、愚痴を聞いてあげています。
顔見知りの乗客ではなく、一見の客です。それが酔客だった。それも、昼から呑みたい心境の老女であったという状況でした。
大変な迷惑客です。ところが、この三十代半ばの乗務員さんは
「お婆ぁちゃん大丈夫?」
著を落とせば拾ってあげる。トイレに立てば、転ばぬように手を差し出したり、労りの心で接してあげています。
この老女がビールを枕にしたところで、私め
「大変ですね」
乗務員さんに声を掛けると
「母が生きていれば、このぐらいの年なんですよ…」
笑顔が爽やかでした。
これはしたり。
「今年の敬老の日は、このハナシをしょう」
草枕ならぬ、ビール枕の老女のイビキが茶屋に響く、春うららかな昼下がりでした。
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