08年04月01日
 

「山路を登りながら、こう考えた」
 で、始まる夏目漱石『草枕』の冒頭
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」
 いいですね〜。名文でございます。

「文学作品を肌で感じたい」
 描かれた小説の舞台を歩く文学散歩路が各地にあり、この草枕は
『草枕文学散歩コース』が観光によろしく、綺麗に整備されています。

 作品に出てくる『鳥越峠の茶屋』も再現され、お食事ポイントとなっていたので暖簾をくぐると

「どうじや運転手さん、そうじゃろう、そう思わんね〜」
 呑んでくだを巻いている、クソ婆がいました。

 お相手はタクシー・ドライバー。
 もちろん、乗務員さんが一緒に呑んでいるわけじゃありません。
「…はい…はい」
 ビール瓶を三本並べた対局で、愚痴を聞いてあげています。

 顔見知りの乗客ではなく、一見の客です。それが酔客だった。それも、昼から呑みたい心境の老女であったという状況でした。

 大変な迷惑客です。ところが、この三十代半ばの乗務員さんは
「お婆ぁちゃん大丈夫?」
 著を落とせば拾ってあげる。トイレに立てば、転ばぬように手を差し出したり、労りの心で接してあげています。

 この老女がビールを枕にしたところで、私め
「大変ですね」
 乗務員さんに声を掛けると
「母が生きていれば、このぐらいの年なんですよ…」

 笑顔が爽やかでした。

 これはしたり。
「今年の敬老の日は、このハナシをしょう」
 草枕ならぬ、ビール枕の老女のイビキが茶屋に響く、春うららかな昼下がりでした。

 

 
Copyright〈C〉2004. [ U4 project ] All rights received.
 
遊歩Web 青空遊歩ホームページ